最高裁判所第二小法廷 昭和54年(オ)475号 判決 1981年4月24日
上告人
全満鉱産株式会社
右代表者
吉本年宏
右訴訟代理人
小林昭
被上告人
三越鉱業株式会社
右代表者
吉川寿一
主文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人小林昭の上告理由第一点について
原審の確定したところによれば、昭和四七年四月当時、上告会社の取締役は、代表取締役木山元度、取締役木山錦也、同高山太幹、同太田義夫、同高山祐吉の五名であつたが、取締役高山太幹は、同月一三日、代表取締役木山元度に通知しないで上告会社の取締役会を招集し、取締役高山太幹、同太田義夫、同高山祐吉の三名が出席した取締役会において、木山元度を代表取締役から解任したうえ高山太幹を上告会社の代表取締役に選任してその旨の登記を了し、次いで、高山太幹は、同月二〇日、上告会社の代表取締役として同会社所有の本件採掘権を被上告会社に譲渡し、同月二六日、その旨の移転登録を経由した、というのである。
右の事実によれば、上告会社の右取締役会の開催にあたり代表取締役木山元度に対する招集通知を欠いていたのであるから、高山太幹を上告会社の代表取締役に選任する右決議は商法二五九条ノ二に違反して無効であり(最高裁昭和四三年(オ)第一一四四号同四四年一二月二日第三小法廷判決・民集二三巻一二号二三九六頁参照)、高山太幹は、これによつて、上告会社の代表権を取得したということはできないが、上告会社の代表取締役木山元度、取締役木山錦也を除いた取締役高山太幹、同太田義夫、同高山祐吉の三名は、取締役会を開催して高山太幹を代表取締役に選任し、同人が上告会社の代表権を行使することを承認したものと認められる。
ところで、代表取締役に通知しないで招集された取締役会において代表取締役に選任された取締役が、この選任決議に基づき代表取締役としてその職務を行つたときは、右選任が有効な取締役会の代表取締役選任決議として認められず、無効である場合であつても、会社は、商法二六二条の規定の類推適用により、代表取締役としてした取締役の行為について、善意の第三者に対してその責に任ずべきものと解するのが相当である。したがつて、これと同旨の原審の判断は、正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第二点について
本件採掘権の譲渡が商法二四五条一項一号にいう「営業ノ譲渡」にあたらないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第三点について
原判決は、(一) 被上告会社の代表取締役小林富雄こと具宅書が韓国滞在中同会社の一切の事務を代行処理していた専務取締役の吉川寿一は、本件採掘権の譲渡の交渉当初から、高山太幹が上告会社の代表取締役であると思つていたが、本件譲渡契約が締結された昭和四七年四月二〇日の二、三日前に、法務局で、上告会社の商業登記簿を閲覧して高山太幹が上告会社の代表取締役として登記されていることを確認したこと、(二) 右譲渡契約締結の当日、吉川寿一は、高山太幹から、上告会社は同月一八日同人、太田義夫及び高山祐吉の三名が出席した取締役会で本件採掘権を代金一二〇〇万円で被上告会社に譲渡することにし、その日時、代金授受の方法等は高山太幹に一任することを承認した旨の取締役会議事録とこれに添付された右三名の取締役の印鑑証明書及び上告会社の資格証明書等の交付を受け、真実、高山太幹が上告会社の代表取締役であり、かつ、上告会社では本件採掘権の譲渡が取締役会で承認されているものと信じて、本件譲渡契約を締結し、同月二六日前記のとおりその移転登録を経由したこと、(三) 被上告会社は、鉱業を実施した実績がなかつたのに、あらかじめ本件採掘権の価値について客観的な資料による調査、検討を加えることなく本件譲渡契約を締結したこと、(四) 本件譲渡契約においては、上告会社の被上告会社に対する本件採掘権の移転登録手続は直ちにすべきものとされているのに、被上告会社の上告会社に対する譲渡代金の支払は、分割払で、しかもその期限は採掘事業開始後七か月目の末日から起算するという不確定なものであること、(五) 本件譲渡契約締結後、まもなく上告会社の代表取締役として契約締結にあたつた高山太幹や上告会社の取締役太田義夫、同高山祐吉は、被上告会社の取締役に就任し、そのうち太田義夫は、吉川寿一とともに被上告会社の代表取締役に就任し、本件採掘権の移転登録を経由した日と同日の同月二六日いずれもその旨の商業登記を経由するとともに具宅書の取締役及び代表取締役の退任登記をしていること、以上の事実を認定したうえ、右(三)ないし(五)の事実関係からすると、本件譲渡契約は、その目的物が採掘権であることを考慮に入れてもなお不自然の感を抱かせるものがあるとしながらも、本件譲渡代金の支払方法が前記のごとく約定されたのは、高山太幹が上告会社の代表取締役木山元度に気付かれないうちに、同人を出し抜いて何とか当時手持資金のない被上告会社に本件採掘権を譲り受けてもらうために譲歩したことによるものであり、また、高山太幹、太田義夫、高山祐吉が被上告会社の取締役や代表取締役に就任したのも、上告会社の譲渡代金の支払確保のためであるということも十分考えられるので、右(三)ないし(五)の諸事情があるからといつて、右吉川寿一が当時高山太幹が上告会社の正規の代表取締役でないことにつき悪意であつたとは断定し難い、と判示している。
しかしながら、(一) 上告会社が重要な会社財産である本件採掘権を譲渡するのに取締役五名のうち三名のみが出席した取締役会でこれを承認するというのは、上告会社のような規模の会社の運営としては異例のことのように考えられるし、また、本件採掘権のような会社の重要な財産を譲渡するにあたつては、譲渡人側に緊急に資金を獲得する必要があるのを普通とし、その移転登録手続のごときも代金と引換えに行うのが経験則上通例であるのにかかわらず、本件では、その登録手続は直ちに行うが、代金は採掘事業開始後に分割して支払うというのであつて、取引としては極めて異常であるといわざるをえない。(二) 他方、被上告会社としても、真実鉱業を実施しようとする意図があつたとすれば、本件採掘権の譲渡を受けるにあたつてあらかじめ本件採掘権の価値について十分調査し、また将来の採掘の可能性、操業計画、採算等についても深く検討してしかるべきものであると考えられるのに、このような点について調査、検討をしなかつたというのは、会社経営の衝にあたる者のとる措置、態度としては極めて不自然であるとみられる。(三) のみならず、さらに重要な点は、上告会社の代表取締役として契約の締結にあたつた高山太幹が同会社の取締役太田義夫、同高山祐吉とともに本件譲渡契約締結直後に被上告会社の代表取締役や取締役に就任し、しかも本件採掘権の移転登録のされた日と同日に右各就任の商業登記を経由していることであつて、原審は、この点について、その目的は上告会社の譲渡代金支払確保のためである旨判示するが、さらに特段の説明がないかぎり、右三名の被上告会社の役員就任が何故に上告会社の代金支払確保のためになるのかは容易に首肯し難いところである。
以上のような諸点に照らして考えると、上告会社の取締役高山太幹、同太田義夫、同高山祐吉の三名は、被上告会社の吉川寿一と意を通じ、上告会社の正規の代表取締役木山元度の承認を得ないで本件採掘権を被上告会社名義に移転したものであると疑われてもやむをえない状況にあつたと窺われないではないから、原判決のような説示だけから、直ちに被上告会社において高山太幹が上告会社の正規の代表取締役でないことにつき悪意であつたとは断定し難いとした原判決には、経験則の適用を誤つたか又は審理不尽の違法があるものといわざるをえず、その違法が原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。そして、本件については、なお審理を尽くさせるため、これを原審に差し戻す必要がある。
よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(宮﨑梧一 栗本一夫 木下忠良 塚本重頼 鹽野宜慶)
上告代理人小林昭の上告理由
第一点 原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。
すなわち原判決は商法第二六二条に違背し表見代表取締役の解釈を誤り本件採掘権譲渡契約の譲渡人(上告人)の代表取締役を僣称した者の行為は譲受人が善意の第三者である場合には会社(上告人)は責に任ずべきものとしている。(第一審判決理由支持)しかし乍ら商法第二六二条の立法趣旨は一種の禁反言の法理をとり入れたもので、会社が自己の意思に基いて社長、その他会社を代表する権限を有するものと第三者が認めるような名称を与えた取締役の行為につき会社は責任を持つべきであるとするものである。従つて商法第二六二条により保護を受くべき善意の第三者が会社に対して責任を追求する為には行為をなした取締役が代表権を有すると認むべき外観が存在し、その外観の存在に対して会社が原因を与えていること、いいかえれば会社が誤認の種を蒔いたことを要するものである。(注釈会社法四巻三八七頁以下)しかるに本件では確定せる京都地方裁判所昭和四八年(ワ)第七一一号取締役会決議不存在確認等事件の判決(甲第一号証)のとおり譲渡人の代表者と称していた訴外高山太幹は不法な手続により代表取締役となつたもので会社としては同人の代表権については何等の原因をも与えていないし又言い代えれば代表権存在の外観を与える種をまいたものでもない、会社は全く被害者である。
商法第二六二条の法意は善意の第三者の保護規程ではあるが会社の意思に反した僣称の表見代表取締役の行為にまで会社に責任を負わす趣旨の規程ではない。取引の安全と会社財産の保護とを勘案し、かかる場合行為者自身に責任を負担せしめて充分であり会社にまで責任を負わすべきではない。
原判決は右商法第二六二条の解釈を誤つた結果、同法条の法意を酌んだとして明確に代表取締役を僣称した者の行為に対しても尚会社は責任を負うべきものと断じているのである。
元来代表取締役を僣称した者の行為と会社・第三者の関係を律した法はないので民法の一般原則に従うものである。従つて上告人たる会社が被上告人に対し訴外高山太幹に会社の代表権を与えた旨表示したこともなく又高山太幹が与えられた代理権の権限外の行為をしたものでないから所謂表見代理の規程の適用なく全くの無権代理行為である。本人たる上告人が責任を負う謂れはない。
原審は以上の通り法令の違反をなし、その違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決は到底、破棄を免れないものである。
第二点 原判決は法令の解釈を誤り且つ判決に影響を及ぼすことが明らかな経験則違反がある。
すなわち原判決は「本件採掘権が本件譲渡契約締結当時未だ実施されていなかつたことは前記のとおりであるところ、たとえそれが控訴人の重要かつ唯一の財産であつたとしても、そのような採掘権のみの譲渡をもつて営業の譲渡に該るとは解し難く」と判決七丁目表・終りから四行目以下に判示している。
しかし乍ら営業譲渡に関する商法第二四五条所定の株主総会の特別決議を要するものは現に営業行為本件では採掘権の実施そのものを為していない場合であつても既に営業開始のための諸準備をととのえているような時点に於てはその採掘権を他人に譲渡する行為は之を営業譲渡と考えて当然であると思料する。原審は訳なく上告人の主張を排斥しているがこれは法令に違反し且つ経験則に違反する判断である。
一般に営業譲渡行為に関する法解釈としては之を民法上の一個の債権契約と解し営業を構成する諸々の物権・準物権・のれん・資料・債務等の譲渡引受は右債権契約に従つて各別個になされるものとしている。(民事法学辞典)従つて商法上営業譲渡と言うものはその背後に具体的な個々の物権契約等を包含しこれらの実行により具現されるものと考えている。採掘権の譲渡契約はその採掘権に関する営業の譲渡に外ならない。この場合の営業は原判決の言う「譲渡契約当時未だ実施されていない」からと言う理由のみで営業の譲渡に該らないと言い得ようか。
上告人は採掘権取得後採掘による経費収益を調査し詳細な事業計画書を作成していることは甲第六号証のとおりである。しかも同証末尾に採掘した鉱石の販売先を明記し事業資金の借入ができれば直ちに営業にとり掛り得る態勢を整えていたものである。しかるに採掘権が他に譲渡された結果営業に取り掛ることが不可能になつたものである。かくの如き場合原審も認めるとおり上告人の唯一、重要な財産である採掘権の譲渡は商法上の営業譲渡の一態様とみて一向に差支なく、これを排斥する理由はないものと考える。のみならず採掘と販売を業とする会社が唯一重要な採掘権を譲渡することは営業の譲渡以外あり得ないことは経験則の教えるところである。(乙第二号証上告会社登記簿謄本)採掘権の実施を目的とする会社が採掘権を他人に譲渡してしかも会社の営業を開始し又は営業を継続できるものか否かは論ずるまでもないことである。
原審の判断は判決に影響を及ぼすべき法令の解釈・経験則に違背していることは明らかである。
第三点 原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。
(1) 原判決は第一審と同様被上告人は本件採掘権譲渡契約締結当時訴外高山太幹が上告人の代表者でないことにつき善意であつたとの認識に立つている。これは第一審の被上告人代表者の本人尋問の結果に基いたものと思われるが本件採掘権譲渡契約の締結については下記の如く種々の不合理な点があり、之は被上告人が善意を装う為の細工であると考えられる。即ち
(イ) 契約の当事者となつた被上告人の代表者は韓国に在る小林富雄(具宅書)からの委任に基くものであると言う。
その委任の仕方は商法会社経営上の通例のやり方ではなく、亦小林自身被上告人の代表取締役の職務は久しく採つていない時期のものである。商業登記簿(甲第四号証)の記載によれば、小林代表取締役は昭和四四年五月三一日退任しその登記が昭和四七年四月二六日に為されていることが明記されている。
しからば登記手続の遅延は兎も角被上告人内部に於ては小林富雄は既に本契約締結時たる昭和四七年四月二〇日(乙第一号証)には被上告人の代表取締役でないことが当然の事実であつた。
かく見れば小林の委任と言うは全くの虚偽で、あとで工作したものと見なければならないところである。
(ロ) 被上告人は前記商業登記手続すら怠つているのに昭和四七年四月二七日付確定日附を乙第三号証、乙第七号証及び乙第八号証に又同月二五日には乙第十二号証に同年六月八日には乙第十一号証に夫々とつている。何か訴訟対策としての臭がする。特に乙第三号証取締役会議事録に確定日附をしているので尚更である。
(ハ) 被上告人は本件採掘権の譲渡代金を全然支払つていない。
上告人唯一の財産処分であるにも拘らずその対価の支払なく、移転登録手続のみがなされている。
対価の支払は被上告人が操業開始後七ケ月目の末日から開始されるとのこと。鉱業権譲渡契約の常識に違反している。
(ニ) 被上告人は本件採掘権取得後既に七年を経過しているが一向操業の開始をなさない、のみならず、その準備行為もせず(目下採掘権を第三者に譲渡せんとしているが、原審係属中には判明しなかつた。その後被上告人は仮処分の取消を求めて異議の申立をしたので調査の結果判明した)放置している。
仮処分は処分禁止であり操業・採掘の禁止はしていない。
被上告人は本件採掘権実施の意思も資力もない。
(ホ) 訴外高山太幹は上告人の代表取締役を僣称するに当たり通常の手段を採つていない。そのため彼の召集・議決した取締役会は不存在と確認されている。
訴外高山は原審法廷で「上告人の株二〇〇〇株、全部で四、〇〇〇株持つていたのですが私本人は二〇〇〇株です」と証言している(尋問事項六の答)上告人の発行済株式は五、〇〇〇株である。四、〇〇〇株を持つておれば正規の代表取締役木山元度を株主総会に於て排除できるものである。非常手段を用いる必要はなかつた筈である。
上告人は目下訴外高山太幹を偽証罪(他にも偽証があるので)告訴準備中である。この告訴により同人が如何なる点で偽証したか明らかになれば本件事実認定は異つてくるものである。
(告訴の内容・その捜査結果については追完する)
(2) 以上の疑問は原審及び第一審判決が被上告人の善意を認定した一連の事実認定が全く現実の事態と符合しない誤認であることが酌みとれるものである。
仍つて原判決を破棄し、相当の判決を求める次第である。